体験談・ご利益談  

体験談

森川 幸夫
 私は過去十年位退転していました。
 現信師に十年でも待っているから戻って来てくれと言われても、そのころは仕事も体も 順調で、今更入信する事など考えていませんでした。しかし、車御本尊だけでもと言われそのくらいならと受け、徐々に御奉公もするようになってきたある日、手の指が真っ黒くなり激痛が走ったのです。総合病院で診てもらいますと、即入院との事、何がなんだか判らないまま平成四年一二月四日入院しました。検査の結果、閉塞性血栓性血管炎(別名ビュルガー病)と言う、手足の血管が詰まり腐っ てくる原因不明の難病と宣告されてしまい、目の前が真っ暗になってしまいました。しかし、「後二週間遅ければ右腕は無くなっていたよ。」と言われ、これが御利益なのかなと初めて実感しました。入院中、信者さんたちにお助行をしていただき、感激し、入信してほんとうによかったと思いました。それから、一年後には交感神経切除手術をし、さらに一年後には治りが良くないという事で再検査、結果は膠原病もあるという事でした「難病の人にもう一つの難病が出るという事はほとんど無い」と先生に言われましたが、不思議と自分では、周りの人が思う程よりは、冷静で御法様にお任せするしかないと、毎日お寺参詣しました。勿論仕事も出来ず一年間療養中でしたが、この頃妙運寺も新本堂建設が決まり、 毎日お寺に行き自分の出来る範囲のご奉公をさせて戴きました。
 平成七年七月には妙運寺も落慶法要が無事終わり、八月には、めったに診てもらう事の 出来ない福島医大の膠原病専門の教授の診察を受ける事が出来、結果は、本当に不思議で、膠原病は、ほとんど心配ない、との事。
 定業能転の最高の御利益を戴き、現在は体 も健常人とそう変わらず順調に働けます。この喜びを自分だけのものでなく、特に病気や何か困り事のある方たちに、御利益を戴いて貰いたく御奉公させて戴いています。


鈴木 昭子
 私が妙運寺と出会ったのは、約一年半位前知人の紹介で知りました。
 ちょうどその頃の私は、会社での人間関係があまりうまくいかず、毎日が苦痛でイライラしてました。
 私はある先輩とうまくいかず、その先輩と同じ空気を吸うのも、顔を見るのもイヤなぐ らい大キライでした。そんな折り友人に「妙運寺に行こう」と、誘われました。
 お寺に行き、現信師と色々お話をさせていただきました。お話の結果「南無妙法蓮華経 のお題目を一生懸命お唱えしなさい。そしてその先輩の幸せをお願いしなさい。」と言われました。私はどうして大キライな人の幸せをお願いしなくてはいけないのかと思い、初めはとても納得がいかず、辛い日々でした。しかしお寺に足を運ぶにつれ、またいろんなお話を聞いているうちに、相手の幸せを願うことは、自分にもご利益があるということを知り、やや半信半疑のままではありましたが、お寺に通いました。
 半年ぐらいたった頃から周りの人達から、「昭子ちゃん最近変わったね、顔つきも穏や かになったね。」と言われ始めました。自分でもあんなに苦痛だった気持ちが楽になり、しかも、先輩からも笑顔で話しかけてくくるようにもなりました。
 「これがご利益なんだな」と思い、とても安心で、ラクな気持ちになれたことが、とて も嬉しかったです。これからも一生懸命お寺参詣、お題目口唱、並びに御回向をさせていただきたいと思います。


柴崎 弘子
 私が妙運寺に入信するようになりましたきっかけは、厄年を迎える年でした。
 「今年は厄年なんですよ」と森川裕美さんに話したところ、「厄年だからではなく、こ れから少しでも、自分の人生を良い方向に導いてもらえるためにも、お寺に行って、手を合わせお題目を口唱させていただきなさい。」と言われ、お寺参詣が始まりました。お寺では、色々なお話を聞かせていただきました。その中の一つに、ご先祖の大切さと言うのがありました。
 今まで私は、自分の思うままに、好き勝手に生きてきました。自分自身が今ここにある のは、ご先祖があり、親があるから存在しているのだと言う事に全く無関心でした。今ある自分の存在を感謝する為にも、これからも見守って下さる様に、お題目口唱は勿論、御奉公を続けたいと思います。


大和田 岳夫
 私が入信する事になったきっかけは、秋山信太郎という一見お坊さん風の人との出会い から始まった。
 初めの頃は年上だと思い、敬語で接していたのだが、慣れ親しんできた頃、私と同じ年 で、お坊さんだと言うことが判った。あの有名な、秋山現信師である。
 お互い、お寺と石屋である事が判り、現信師からの依頼を引き受け、共同出資で妙運寺 霊園の造成工事を苦労の末成功させたのである。それからというもの、遠くサイパン島の慰霊法要石碑の建立。相模原、妙現寺からの佛具の運搬、青森、青松寺開筵式の運転手や、開運寺から徹夜で走り、気が付くと京都の本山宥清寺にまで引っ張り回されていた。どうやら現信師は、私の大型免許と四トントラックがお気に入りの様である。
 このような妙運寺を通しての活動で、信者さんとも接する機会が多くなった。仕事柄色 んなお寺に出入りしているが、信心の姿勢、真剣さ、御参詣している人の顔つきが非常によい。またお墓を立ててもお寺から、リベートを要求されないのがいい。妙運寺に出入りするようになり四年、晴れて昨年十一月入信する事になったわけである。今後は現信師、そして妙運寺の手足となって骨を埋める覚悟で(大和田家は妙運寺にお 墓を建てる予定なので、満更洒落でもない)ご信心、ご奉公に頑張りたいと思っているの である。


佐久山 八重子
 昨年八月、榊原早知子さんに、お寺の研修会が岳温泉で有るとのことで、連れて行かれ ました。そこでお題目を、初めて耳にしました。その折り、「お題目をお唱えすると必ず良い方向に変わります。」とお話を頂き、私も良くなりたい、やってみよう。と思い、お寺参詣の日々が続きました。そして、仕事で見事に契約があがり、「これってご利益」と思っていました。しかしある時、現信師より「きちんと入信してけじめを付けないと、百パーセントのご利益は頂けない。」と言われ、ショックで涙してしまいました。
 結果として十月に入信。さらに契約が挙がるようになり、会社の人達には「最近変わっ たね」と言われました。
 本年六月には、京都の本山宥清寺、長松寺に御参詣させて頂き、感激いたしました。七 月には仕事で表彰されることもあり、これも総てご利益の賜です。早知子さんの勧めで入信させていただき、心より感謝し、大変嬉しく思っております。これからも宜しくお願いいたします。ありがとうございます。


開運寺 杉本貴子
 ありがとうございます。
 私は、水戸開運寺青年会の杉本貴子と申します。
私が今年になって御法様から頂戴した御利益について発表させていただきます。
私は昨年の暮れ体調を崩し寝込んでしまいました。微熱が続きましたので、かぜをひいたのだと思い、病院に通院しておりました。医師の診断はかぜ(インフルエンザ)でした。しかしながら回復するどころか、日に日に症状が悪化し高熱出て咳がとまりません。そしてとうとう一人での歩行も出来なくなり、やがて一人で立つことも出来なくなり、そしてついに2月19日に緊急入院となってしまいました。
懐中御本尊を枕元にお供させていただき、すぐに入院した事を兄から現信師に、連絡をいたしましたところ、「緊急事態」とのことで、すぐに近くの信者さんや青年会会員全員に連絡が回され、其の晩夜9時より御導師はじめ寺内の御信者さん青年会の御助行が始まりました。
お助行開始から五日目、インフルエンザではなく、感染性心内膜炎という診断を受けました。この病気は心臓の弁に細菌が付着しそれが正常にしまらなくなるという病気です。
後から聞いた話ですが、医者の説明によると、付着した細菌が剥がれ落ちると、脳梗塞か心不全で死亡する可能性があり、非常に危険な状態であることを家族に告知されていたそうです。またこの病気は、通常発見されることが難しく見過ごされて死亡するケースも少なくないということでした。 病状は、あまり良好とは行かずに個室に移され、また肺にも水が溜まっているため、1日の水分の摂取を500ccに制限されてしました。普通に生活していても、1日に500ccはかなりきついのに、輪をかけて毎日40度近い熱が出てしまい、とてもつらい毎日でした。とにかく500ccと決められた水分はすべて御供水さんを頂くようにしました。
実を言いますと、個室に移った頃から、ほとんど記憶がなく、多分呼吸をしていることが精一杯だったと思います。この頃、長野オリンピックが開催されており、とても楽しみにしていましたがテレビも見たくなく、本も見たくない。横になると咳がひどく夜も座ったまま寝る。そんな入院生活が続いておりました。
3月5日、家族は医師より、水戸から車で30分くらいのところにある晴嵐荘病院というところに転院をし、手術をするように告げられました。私の家族は、心臓の手術なので、東京の名の知れている病院か、インターネットで調べた石川県金沢市の名医から治療を受けたい希望がありました。とくに主治医から勧められた晴嵐荘病院というと某宗教団体のH先生が在籍していた病院だと聞いて益々行きたくなくなりました。しかしその頃、健康な時の体重から10kg以上もやせ細り、すっかり衰弱してしまい、金沢や東京まで移動することなど、到底無理な事であり、結局3月17日それまで入院していた水戸赤十字病院から、晴嵐荘病院に転院するしかありませんでした。
ところが、これが御法様のお導きであり、そこで、私を迎えてくれた医師は、とても親切な方でしかも心臓の名医と評判の先生でした。すぐにエコー検査が始まり、明後日手術しますと言われ、突然のことに私も家族もビックリいたしました。
手術前日、現信師がいらして下さり、「青年会や御信者からたくさん御助行を頂いているから大丈夫タカポンもがんばって。」と御励ましを頂き、私はご法様にすべてをお任せさせて頂こうと決定いたしました。すると不安もなくなりもう手術が大成功に終わったような楽な気持ちにさせていただきました。
また一番有り難かったのは、私のために、多くの人がお題目をおあげ下さっていることを知り、本当に嬉しかったです。
手術開始の午前9時から本堂にて、御導師はじめ、寺内信者さん方から御助行を頂きました。その日は、偶然にも私の所属する教区の御講席であり、その御講席でも私のために御祈願を上げて頂お助行も沢山して下さいました。
手術前の説明では、細菌の付いた心臓の弁を摘除、そして人工弁に交換するというものでした。手術の危険率(死亡率)は15%、手術時間は6時間と告げられていましたが、手術が始まり6時間が経過しても私の手術は終わりませんでした。待っている御信者さんにはとても心配をおかけしましたがまた、そこでお計らいを頂きました。先天的(生まれつき)に心臓の壁に穴が空いている部分が発見されて、そこを閉じる予定外の手術も合わせて行われることとなりました。この事は切開するまで、医師も判らなかったといいます。 「今回、手術をしなかったとしても、心臓に穴が空いていたのだからいずれ手術をすることになっていましたね。」と家族が言われたそうです。また摘出した心臓の弁には細菌が付着して、その中心部分に直径1cm以上もある穴が空いていました。後、2日遅かったら命はなかったそうです。本当に御計らいを頂戴いたしました。今になってみれば、若いうちにこのような形で手術を受ける事が出来たことが、本当に大きな御利益だと思っております。
そして、 手術後の一週間は、ICU症候群(幻覚症状)になり、わけのわからない事を言っていたそうでし、私自身もいろんな夢を見ました。 自分が斎場に連れて行かれる夢、葬式の夢、ボートの様な、乗り物に乗せられ“死”と書いた看板の方へ流されて行く夢、(三途の川って言うのでしょうか?)等々……・・。
その夢の中で、火葬が始まろうとすると、御導師と奥様が出てきて、「南無妙法蓮華経」と唱えなさいと言われ、お題目を唱えていると自分の体には火がつきません。葬式が始まろうとしたときも、夢の中に御導師と奥様が出てきてお題目を御唱えして頂くと、いつまでたっても始まらない。川に流されても最初のところに戻ってくるのです。
私は思いました。何も迷う事無く「南無妙法蓮華経」とお題目を御唱えすると、不思議な力でお守りいただけると……………。
1週間後、やっと我に返り、先生が「元気になってくれて、ありがとう。」と言ってくれましたその時、本当に九死に一生を得たと実感し、涙が止まりませんでした。
4月の中旬ころには、もう心臓は大丈夫と太鼓判をいただき、その後は、順調に体力が回復し、6月23日無事に退院させて頂きました。そして、二日後の6月25日の御総講から、御奉公に復帰させて頂き夏期参詣も皆参させて頂きました。
そして、10月11日には本山の御会式に御礼参詣をさせて頂きました。本山ご宝前に座らせていただいた瞬間、言い表せない感動を覚え、「生きてお参詣が出来て本当に良かった。」と心の底よりこみ上げてくるものを感じ感激の気持ちでいっぱいになりました。
最後になりましたがこの度、私のために、たくさんの御助行・お題目をあげてくださった皆様、本当にありがとうございました。
この体験を一生の宝物として、この感激、また感動の心を沢山の人々にお伝えさせて頂きたいと思います。
ありがとうございました。合掌

今回の御利益の要点

@御導師はじめたくさんの方々から、御助行を頂戴したこと。
A家族の希望の病院があったにもかかわらず、最終的に晴嵐荘病院しか選択肢がなかったこと。(結果的に良い病院スタッフに恵まれたこと。兄の職場から近い病院であること。)
B手術により、先天的な心臓の欠陥が発見され治療できたこと。
Cお題目の御力をあらためて実感したこと。



お寺紹介 お寺の教え 教養会福祉活動 体験談・ご利益談
ガールスカウト茨城第2団 運立会通信 法話 イベント

インデックスへ戻る

茨城県水戸市千波町舟付1192
電話029-244-1192 FAX 029-244-1892
e-mail: info@kaiunji.or.jp